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放送大学
福岡学習センター・北九州サテライトスペース

所長ご挨拶

温泉を科学する ー 地球と生命をつなぐ金属イオン ー

 秋も深まり、温泉のぬくもりが心地よい季節となりました。日本中に数多くの温泉地があり、泉質も実に多彩です。無色透明な湯もあれば、乳白色や赤褐色の湯もあり、独特の香りを持つ温泉もあります。こうした違いは、いったい何によって生まれるのでしょうか。

 温泉の多くは、地下に浸透した水が地熱などによって温められ、岩石に含まれるさまざまな成分を溶かし込みながら地表に湧き出したものです。その中には、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄などの金属イオンも含まれています。これらは温泉の性質を特徴づける重要な成分です。

 例えば、鉄を含む温泉では、湧き出した直後には無色透明に近かった湯が、空気に触れるにつれて赤褐色に変化することがあります。これは、温泉水に溶けていた二価の鉄イオンが酸素によって酸化され、三価の鉄となり、水酸化鉄などの沈殿を生じるためです。温泉の色の変化は、身近なところで観察できる化学反応なのです。

 興味深いことに、この鉄は私たちの体の中でも重要な働きをしています。血液中のヘモグロビンには鉄が含まれ、酸素を肺から全身へ運ぶ役割を担っています。温泉では鉄が酸素と反応して沈殿をつくる一方、ヘモグロビンでは、タンパク質の中に組み込まれた鉄が、酸素を結合したり放出したりします。同じ鉄でも、周囲の環境によって、その働きは大きく異なるのです。

 ほかにも、マグネシウムは生命活動に必要なエネルギーを利用する酵素の働きを助け、カルシウムは骨や歯をつくるだけでなく、細胞内の情報伝達にも重要な役割を果たしています。温泉にも含まれる金属元素が、私たちの体内でも重要な役割を果たしていることは、意外に感じられるかもしれません。

 温泉には、体を温めて血行を促すなどの作用があり、泉質によっては溶け込んだ成分が皮膚などに作用することもあります。ただし、温泉中の金属イオンが皮膚から吸収され、体内で同じ働きをするというわけではありません。

 私たちの生命は、地球上に存在するさまざまな元素を巧みに利用し、複雑で精緻な仕組みをつくり上げてきました。温泉の中に含まれる金属イオンが、私たちの体の中でも重要な役割を果たしていることを知ると、地球の化学と生命の化学が、意外なところでつながっていることに気づかされます。

 これから温泉を訪れる機会があれば、湯の色や香りを楽しむとともに、掲示されている温泉分析書にも目を向けてみてはいかがでしょうか。そこに並ぶ成分の名前から、普段は意識することのない化学の世界が見えてくるかもしれません。

令和8年11月 福岡学習センター所長
久枝 良雄

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