所長ご挨拶
このたび、大塚勉先生の後任として長野学習センター所長を拝命いたしました、松本康(まつもとやすし)と申します。
令和6年度まで信州大学教育学部にて、教員養成の教育と研究に携わって来ました。専門は教科教育学(社会科教育)です。小学校・中学校・高校の「社会科」(高校は「地理歴史」「公民」)について、何をどのように教えるかをテーマとする分野です。社会科という教科の本質を一言で言うと、市民としての資質を育てることに尽きます。民主主義社会は一人一人の成熟した市民によって支えられるからです。日本の社会科は1947年(昭和22年)に生まれました。戦後教育の中核として、教え込みの教育を否定し、事実と経験に基づき、自分の目で見て自分の頭で考える、自主的で自律的な人間を育てることを目ざす新しい教科だったのです。今の教育では当たり前になっているグループ活動や話し合い活動も、この頃から社会科を通じて一般に普及してゆきました。日本の社会科が始まってから79年。ゆっくりではありましたが、日本人の市民としての資質は大きく変わってきました。それは放送大学を支えて下さっている学生の皆さんの、自ら学ぶ姿勢、学び続けようとする姿勢にもかかわっています。今まで私は社会科だけではなく、生活科、総合的学習など、多くの授業を全国各地の学校で見てきました。忘れられない授業は多くあります。この仕事をお引き受けすることになった時、昨年見た小学校の授業の、ある子どものことを思い出しました。それは4年生の総合的学習で、校舎の中庭にある古い庭園の再生をテーマとする単元でした。事前の授業の記録を読むと、その子(Aさん)は授業の流れを左右する重要な発言を時々するのですが、周りの子どもと関わる発言が少ないように見えました。なぜなのかと思いながら公開授業の前日、算数の授業を参観させていただくと、Aさんはある計算問題で解き方を間違えていました。他の子どもは周りの子どもたちに教わりながら、さっさと自分の間違いを修正して「正解」にたどり着いていました。でもAさんは周りに尋ねることなく、その時間が終わるまで、一人でじっと考え込んでいたのです。Aさんが考え込んでいる姿を見て、「ああ、この子はわからなさに耐えることができる人なのだ」と気づきました。わからなくてもすぐに人に教わろうとせず、まず自分で考えてみようとする。自分が納得できるということを大切にする。それは孤独で苦しいけれども、そうやって自分でわかることの喜びを知っている人なのだと。放送大学の講座で学ぶ時間の多くは、人とかかわらない孤独が伴うことでしょう。「学びて思はざれば即ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば即ち殆(あやう)し。」(論語)と昔の人が言うように、人に教わることと自分で考えることの間にはバランスが必要です。それでも、まず自ら学び、自ら考えようとする学生の皆さんを、私たちは全力でサポートしたいと思います。皆さんそれぞれが求める価値を、放送大学の学びの中から掴み取ることができるよう祈っています。

長野学習センター所長
松本 康


