ホームページ

放送大学

平成29年度 放送大学学位記授与式 紹介番組のご案内

          

2018年3月24日、平成29年度 放送大学学位記授与式が行われました。

こちらの様子をまとめた番組が、2018年4月1日に大学の窓で放映されましたので、ご紹介させていただきます。

  • [平成30年4月1日 O.A. ~]
    ▶2017年度 放送大学学位記授与式

【こちらに來生学長式辞全文を掲載いたします】

学長式辞

皆さんご卒業、ご修了おめでとうございます。
本日ここに、学士の学位を取得された方々、
修士の学位を取得された方々、
博士の学位を取得された方々と、
ともに卒業・修了の喜びを分かち合うことができるのは、
放送大学のすべての教職員にとってこの上のない幸せです。

また、本日は文部科学副大臣丹羽秀樹様をはじめとして、
日ごろから放送大学にご支援をいただいている、各界からのご来賓の皆様のご臨席を得て、放送大学の卒業・修了の式典を挙行できますことは、
まことにありがたく、名誉なことであり、ご来賓の皆様に深く感謝申し上げます。

さらに、本日学位を取得されるすべての方々を、
長い年月にわたり支えて来られた、
ご家族、関係者の皆様のお喜びもさぞ大きなものでありましょう。
これまでのご苦労に対し、放送大学教職員一同に代わりまして、
御礼と感謝とお慶びを申し上げます。

本日は、放送大学の学長として、
常日頃から「生涯学習」について考えていることの一端をご披露し、
卒業・修了の喜びを迎えられた皆様へのはなむけの言葉にしたいと考えます。

このところ人生100年時代という言葉が世上に流布しております。
織田信長が桶狭間の戦いに際して謡い、舞ったことで知られる幸若舞、
「敦盛」の中の
「人間50年、下天の内を比ぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり」という一節は、
源平合戦での一の谷の戦いにおいて、
心ならずも平敦盛を打ち取った熊谷直実の人生の無常観を謡ったものです。
幸若舞の「敦盛」の記録の初出は1567年で、
室町時代には大変に流行したものであったと言われます。

ちなみに、私が生まれた昭和22年の
男性の平均寿命は50.06歳、女性は53.69歳でした。
こうして見ると、
室町から戦国時代にかけて人生50年と謡われた人間の持ち時間の感覚は、
500年近く後の終戦直後まで、
日本人の実感であったことに、改めて驚きを覚えます。

これに対して、2016年の男女それぞれの平均寿命が、
80.98歳と87.14歳ですから、
戦後70年というきわめて短い間に、
日本人の人生の長さの実感がほぼ倍になった、ということであります。
このような生きる時間の長さの急激な変化を前に、
私たちはいかに生くべきか、いかにすれば充実した生涯を送りうるかが、
すべての人にとっての重大な関心事になり、
生涯学習がその解となるかが、私たちにいま問われている、ということになります。

世界的ベストセラーになった、
『サピエンス全史―文明の構造と人類の幸福』という本があります。
数年前から30か国を超える国々で翻訳されていますので、
皆さんの中にお読みなった方が相当数いらっしゃると思います。
著者はイスラエルの歴史家、ユヴァル・ノア・ハラリで、
大変に興味深く、巧みにマクロの人類史を叙述する中で、
ハラリは今から約500年前に始まった「科学革命」を、
人類だけではなく、
地球上のすべての生物の運命を変えることになった大革命だととらえます。

ハラリによれば、
それ以前は、おおよそ人の知るべきことは、すべて神や賢者によって知られている、
と人類は確信しており、
人は人類に「未知の領域」があるとは考えていなかった。
そのような前提からは、「進歩」という概念は生まれず、
「科学革命」が人類に「自らの無知を自覚」させ、
それをきっかけに人類はどん欲に知識を求め、
その費用を賄うために資本主義と帝国主義を活用した、ということであります。

これを生涯学習の問題として考えてみましょう。
己にとっての「未知あるいは無知」の領域が存在することの自覚を持つことこそが、
各個人を進歩に向かわせる原動力です。
人生の若い時代に、自らの内にある、未知や無知について
強い自覚を持つことは自然で、
それが学ぶこと、知ることに人を駆り立てます。
しかし、それぞれの人生で、
人は自らの選んだ生き方において経験を積み、成熟していきます。
その過程で、人が、徐々に、
自らの内にある未知や無知に対する鋭い自覚を、失う可能性が生じます。
経験を積むことによって、
人は過去の行動の記憶を用いて、
新たな行動の結果について、高い確率で予測できるようになり、
それによって致命的な失敗を回避する確率を高めます。
その意味で、成熟とともに、未知や無知の自覚が乏しくなるのは、
一般的には、当然のことなのかもしれません。

しかし、私たちは、
そのような成功が、
「未知や無知の領域」の存在に対する鋭い自覚の喪失という、
コストの支払いなしには達成できないことを、忘れてはなりません。
より感覚的に言えば、
ハラハラしたり、ドキドキしたりしながら、
なおかつチャレンジすることの喜びを、
私たちは年を経て成熟し、熟練することの代償として、日々失いつつあるのです。

このような観点からは、生涯にわたって学習を続けるという生き方は、
年齢に関係なく、
自らの内にある未知や無知の領域に対する鋭い自覚を保ち、
その克服によって進歩する喜びを持ち続けるという、
意思的で強い生き方に他なりません。

それは人が100年の時を生きる21世紀の世界において、
もっとも美しい生き方の一つである、と私は考えます。

皆さんが今日の良き日に満足せず、
さらなる未知への旅を続けられることを願って、
1942年11月に、ウィンストン・チャーチルが、
アフリカ戦線で敗戦を続けていたイギリス軍が初めてロンメルを破り、
勝利を得たことをイギリス議会で報告した時に述べた言葉、
"Now this is not the end, it is not even the beginning of the end, but it is perhaps the end of the beginning." を贈ります。

皆さん、今日の良き日は「始まりの終わりに過ぎない」ことを十分に認識してください。皆さんの生涯をかけてのよき追及の旅に、
bon voyageと申し上げて私の式辞を終わります。

平成30年3月24日
放送大学長 來生新

PDFファイルの閲覧には
Adobe Reader」が必要です。

ページの先頭へページの先頭へ